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Right or Wrong

私にとっての「真実」や私にとっての「正しい事」
が、他の人にとっても常に同じなのかと考えてみましたが、
答えはやはり「NO」なのでしょう。

たとえば、会社のあり方とか仕事のやり方に対して
私は “こうあるべきだ” と言います。
そうすると、他の人は、 “いいえ、そうではなくて、
こうあるべきです” と言います。

それはどちらが正しいのでしょうか?

誰でも大なり小なり『理想』というものを持っています。
「私が」理想とする社会、「私が」理想とする企業。
「私が」理想とするパートナー。

でも、それが必ずしも他の人の理想であるとは限りません。

そして、自分が「こうするのが正しい」「こうあるべきだ」
「これが真実だ」と思っているのに、他人がそれに合った
行動をしていないときには怒りが生じたりすることも
ありますね。

ニ-ル・ドナルド・ウォルシュの『神との対話』で
こんなくだりがあります。

「正しい」とか「間違っている」ということは存在しない。
ものごとはすべてはあるがままである。「正しい」、
「間違っている」というのは、ものごとの本質ではなく、
個人の主観的な判断だ。我々がそう呼んでいるだけである。

あなたがたは、自分が理解したことだけを正しいと
思っている。なぜなら、あなたがたにとって「正しい」
というのは、自分が同意したことをさす言葉だから。
したがって、自分が理解できないことは、はじめのうちは
「間違っている」と感じる。

何かを「正しい」と考え、何かを「間違っている」と
考えるのは、一方的な決めつけだということを覚えて
おきなさい。


私たちが普段の生活でよく口にする言葉。

「これは、本来はこうあるべきです。」
「それはおかしい。間違っています。」

それが自分の掲げる理想であるならば、それを
主張することになんら問題はありません。

ところが、
「だから、みんなもこうするべきです。」
「これが正しいのだから、あなたもそうしてください。」
と言うなら、それは行きすぎなのでしょう。

自分が信じる『正しさ』を他人に押し付けはじめると、
それは途端に『エゴ』に姿を変えてしまいます。

『理想』とは、夢、志、熱意などから起こるもの。
『エゴ』とは、心配、不安、不満、貧欲さなど
から起こるもの。

自分が『正しいこと』と信じることが、誰かや何かに
対する不安や不満から来ていると思ったら、それは
『理想』という名を借りた『エゴ』かもしれません。

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普段の生活でなら、主観の数だけ“真実”があると思います。(この場合の真実は、客観的な事実や史実の正誤とは矛盾するとも思います。)また、他人の主観を否定することは、非常に傲慢なことだと最近強く思います。
でも仕事においては、会社のミッションに照らし合わせた目的がそれぞれの業務にあるはずでしょうから、共有できる理想やあるべき姿、そこに達するための手段や方法がおのずと限られてくるような気がします。

☆norikoさま☆

同感です。
気持ち的には、椅子にちょっと深く腰掛けた感じで物事を見ることができたらと思います。なかなか自分をコントロールするのは難しいですが(笑) 
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