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ふたりの巨匠

shougen.jpg先日の美輪さんの本と一緒に、図書館から借りてきた本、『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』。地味な表紙の割には、中身は柔らかい言葉で読みやすく、通勤時間にパラパラと読んでいます。

フルトヴェングラーとカラヤンといえば、20世紀のクラシック界を二分した伝説の名指揮者。二人が主席指揮者を勤めたベルリン・フィルの団員に、この二人の巨匠についてインタビューした内容をまとめた本です。

普段OLをしている私にとって、自分とはかけ離れた世界に住む人たちの話を聴くのは好きで、特にこういう音楽とか、芸術とか、職人とか、いわゆる感性を必要とする世界で生きている人たちが発する言葉にはとても興味があります。

たとえば、この本の中に出てくる演奏家達は、既に80歳を超えているような人たちばかりなのですが、こんな言葉で表現したりするのです。
“・・・聴くものの心境が変わると、すでに評価も変わるのです。音楽に“絶対”など、ないのです。それは愛情と似ているかもしれません。一度目の愛情は、二度目、三度目とは違う。でも、その瞬間は、やはりどれも最高で、本物なのです。比較することには、意味がない。・・・・あえて言うなら、フルトヴェングラーの音楽は、狭く、しかし、感情的に深い。ただ、そんなことを言ったって、結局は言葉の遊びに過ぎず、何の意味も成さないのです。音楽が深いとはいったいどういうことだと訊かれれば、誰も答えられないのですから。・・・音楽は、水の流れのように刻々と変わっている。演奏する者、聴く者、それぞれの心の中に、一瞬のあいだ形をなし、次の瞬間には、変わってしまうのです。”

これは96歳のヴァイオリン奏者の言葉。「それは愛情と似ているかもしれません。一度目の愛情は、二度目、三度目とは違う。でも、その瞬間は、やはりどれも最高で、本物なのです。比較することには、意味がない。」ってとこが、うまい表現だな、と。

ちなみに、私は「フルトヴェングラーかカラヤンか」と訊かれれば、フルトヴェングラーと答えます。どうも、カラヤンは完璧すぎて、淡々としていて、ときどき映画音楽のように聞こえてしまう。その点フルトヴェングラーは、感情がこもっていて、聴いているうちに、次第に引き込まれていくような熱を感じるのです。そういうほうが、いまのところ、好きですね。

「いまのところ」というのは、音楽に対する興味は常に変わっていくものだと思うから。今はフルトヴェングラーが好きでも、1年後にはカラヤンが好き、と言っているかもしれない。でも、“その瞬間は、やはりどれも最高で、本物なのです”(笑)

こんな表現も面白い。

“感情を陳腐なものとして排除したがる音楽家は他にもいます。たとえば、ストラヴィンスキー。『感情ボケ』と、彼は言った。でも、あなたが男を愛して、その男が感情の希薄な男だとしたら、どうですか?やはり、感情の豊かなほうがいいと思うでしょう。”

まあ、この点は、クールな男のほうがいい、という女性もたくさんいそうな気がしますが(笑)

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某企業でヒッソリと活動しているアングラ的スピリチュアル部(通称:スピ部)メンバーによるブログ。

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