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ある華族の昭和史

showa.jpg先日もこのブログで紹介した酒井美意子さんの『ある華族の昭和史~上流社会の明暗を見た女の記録』を読みました。

いや~、面白かった。酒井さん自身、加賀百万石の大名の家柄を継ぐ、侯爵前田家の長女だけあって、歴史上関わりのある有名な人物の名前が所々出てくるのですが、本のタイトルどおり、上流社会の明暗や裏話が詳細に書かれていて、日本の貴族階級とそれをとりまく上流階級で生きる人々のちょっと“アッパー”な考え方に触れることができます。

本全体に、酒井さんの好奇心の旺盛さと、気の強さと、どこか超越した考え方が流れていて、おそらく読む人によっては、彼女の勝気な性格を好きになれないかもしれませんが、私は結構、こういう女性には惹かれてしまうのです。そして、彼女がたどり着いた「悟り」の境地は羨ましい。

“ある冬の夕暮れのことである。私は部屋の窓越しに、沈んでいく太陽を眺めていた。・・・そのうち、いつか自分のすべては太陽に吸い取られて、何もなくなってしまったような気になってきた。自分が太陽か、太陽が自分かはっきりしなくなってきた。自分というものがあるようでもあるし、ないようでもある。あるとすれば、どこまでが自分というものの限界なのだろうか。限界などありはしない。果てしもなく自分なのだ。
私はいま宇宙に偏在しているではないか。自分は宇宙と一体ではないか。限りある自分などはどこにもないのだ。私はずっと遥かな遥かな昔から、こうしてあった。これからもこうしてあり続ける。何も変わりはしない。変わるように見えるのは、上面の現象だけなのだ・・・。

どれほど時間が経過したか、ふと我に返ったとき、強烈な歓びが噴き上げてきた。・・・・まさしくそれこそ、私にとって目の醒めるような、目もくらむばかりの革命であった。私はもうこれからは、どんなことにも捉われることはないだろう。人にも、物にも、固定観念にも執着することはないだろう。

・・・あの体験の前までは私はつねに自分自身に捉われていた。「自分を知ろう」だの「自分の心に忠実であろう」だのと、世にも見当違いなことばかり考え、カタツムリのように殻に閉じこもっていた。だが、「自分などという型にはまったものは本来なかった」ことを悟らされたのである。いまだかつてこれほどの衝撃を私は知らない。

固定的な自分などどこにもありはしないのだから、これからは自分を自由に創り操作しながら生きるのだ。自分で人生のシナリオを作り、演出し、主演するのだ。たまたま女としてのカラダをあてがわれたからには、「女」という役をこなしてみよう。これは面白いことになりそうだ。どんな女になってみようか。こうして私は生に目覚めたのであった。”

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『・・自分は宇宙と一体ではないか。・・・』を実感できるってどんな感じなんでしょう?
『・・・ふと我に返ったとき、強烈な歓びが噴き上げて・・・』ってどんな歓びなんでしょう!
『・・・私はもうこれからは、どんなことにも捉われることはないだろう。人にも、物にも、固定観念にも執着することはないだろう・・・』って確信できるってスゴイですね。
うらやましい…というか、スゴイですね~

いばちゃん☆

こういう境地は達した人でないととわかんないんでしょうね。
人にも、物にも、固定観念にも執着することがなくなったら、どんなにラクかしら~。
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某企業でヒッソリと活動しているアングラ的スピリチュアル部(通称:スピ部)メンバーによるブログ。

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